マドンナたちの季節
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金魚1  金魚1 小学三年の春、三軒置いた向かいにお嫁さんが来た。それはわたしにとって忘れられない大事件だった。なぜならそれまで実物の花嫁さんを見たことがなかったからだ。ずっと幼かったころに親戚の結婚式に連れていってもらったらしいのだが、その記憶はない。わたしが生まれ育った落合は、いまの岡山県真庭市の北部にある小さな町だったから、花嫁さんの姿を見ることもまれだったのだ。 うららかな四月の昼下がり、たぶん日曜日ではなかっただろうか。わたしが居間に寝転がって漫画を読んでいると、玄関先で大人たちの声がする。なんとなくいつもとは違う華やいだ雰囲気を察知して、声のするほうに行ってみた。角隠しに白無垢の衣裳をまとった花嫁さんが、説教ばあさんに連れられて玄関のたたきに立っていた。説教ばあさんとは、三軒向こうに住んでいた年配のおばさんのことだ。子どものわたしにははっきりした年齢はわからなかったが、パーマっ気のない白髪を結いもせず、ぞろりと肩に垂らしている様はかなり不気味であった。回覧板を持っていくと、説教じみたことを必ず言うい

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