マドンナたちの季節
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2やなばあさんだった。だから、町内の子どもたちは陰で説教ばあさんと呼んでいた。 「ふつつかな嫁ですが、どうかよろしゅうお願いします」 留袖を着た説教ばあさんは、いつになくかしこまって挨拶をしていた。母もそれに応えて聞いたこともないほど堅苦しい挨拶を返していた。わたしの目はうつむいた花嫁さんの姿に釘付けになった。白い角隠しの下の長い睫毛と小さな赤い口元を見て、お人形さんみたい、と思った。いや、今までに見たどの人形よりも美しかった。挨拶がすんで帰り際に、花嫁さんは目をあげてわたしのほうを見た。目を真ん丸くして見つめているわたしに、にっこり微笑んで言った。 「芙美といいます。仲良くしてね」 わたしは、花嫁さんに話しかけられたのが嬉しくてたまらないくせに、下を向いてスカートの裾などをいじっていた。胸がどきどきして言葉が出なかったのだ。 説教ばあさんの本名は守もり山やまハルといい、息子と二人で暮らしていた。なんでも若い頃に妻子ある男性を強引に略奪したといううわさがあったが、真相は定かではなかった。 息子のほうは毎朝スーツにネクタイ姿で出勤していた。色が浅黒く、背の高いその男が通りすぎるとき、柑橘系のさわやかな香りが漂った。プレイボーイだといううわさもささやかれていた。しかし、子どもが苦手なのか、わたしたちと出会いそうになると、わざとそっぽを向いて通りすぎるような人だった。 説教ばあさんは、そのあだ名のとおり誰かれかまわずなにか説教めいたことを言わずにはいられない人だったが、相手が子どもだとその傾向がとくに強かった。

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