マドンナたちの季節
9/11

金魚3 わたしと仲良しの加代ちゃんが、覚えたてのピンク・レディーの「UFO」を歌いながら、学校から帰っていた。向こうから説教ばあさんがやって来るのが見えたけど、覚えたての振り付けをおさらいするのに忙しくて、そのまま通りすぎそうになった。そのときだ。 「ちょっと、あんたら、大人に会ったら頭を下げて挨拶くらいするもんよ。それにその歌はなんですか」 「おばさん、これね、ピンク・レディーの歌よ。クラスの女子はみんなファンなの。テレビで毎日見て、練習しているの」 加代ちゃんが無邪気に答えた。 「たしか下着姿のような格好で歌う歌手でしょうが。まったく破廉恥な。そもそも子どもはね、テレビなんか見てはだめ。俗悪番組ばかりで、教養のかけらもないじゃないの。そんな歌を歌う暇があれば、モーツアルトをお聞きなさい、モーツァルトを。わたしなんか、毎日モーツァルトのレコードを聞いて心を高めているわ」 こういう具合だったから、町内の子どもたち全員に嫌われていた。 たぶん、大人たちも内心うっとうしく思っていたにちがいない。数年前、説教ばあさんが転んで脚の骨を折ったとき、母が見舞いに推理小説を持っていったことがある。母は本など読まない人だったし、退屈しのぎはこれくらいがいいだろうと選んだ見舞いの品だった。ところが、説教ばあさんは母に嫌味を言った。娯楽本位の本など読まないほうがましだと。「嫌味な人」、これが町内のおおかたの見方だった。

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